夜のしじまに。

ひととひと

霊的エナジー

日常の現実世界の中。


忙しいしお腹はすくし眠たくなるし、
人の顔色は気になるし
やらなきゃいけないことは山積みだし。

 

この世の中で大勢の人が
感じている『日常的な部分』。
小さな小さなわずらわしいこと。
私も例外ではありません。


大変の連続だからこそ、
生きなきゃなーと思うと同時生かされているとも思う瞬間。

 

それに対して、
夜寝る前に間接照明にしてお気に入りの本を読んだり、
瞑想したりする『ひとりの時間』。


そこに浮かびあがってくるのはちょっと言葉にはしがたいような、
泡のような感覚。

 

それってなんだろう、なんだろう。
でも今の私にはなくなっては困る時間。

 

生きていると必ず、
この『現実』が切れる瞬間がある。
ぷつりと、自分がどこかとどこかの『間』にいるような。
そんな感覚。

 

魂はそれを喜ぶ。そこへ行きたいと願っている。
それを私は知っている。

 

そんな魂の行方を抑えつけないで
自由に解放させてから
自分で自分の魂を客観的に見る。

 

それが日々の瞑想で私が意識していること。

 

本来の瞑想とは意味は違うのかもしれない。
あくまで自己流で
自分が安らぎを感じられる方法のひとつとして。

 

そういうものを感じるたび、
私という人間は肉体と脳以外に、
圧倒的な存在感をもつ何かが、
内側にへばりついているのだと実感します。

 

骨や臓器にうまく絡みついているイメージ。
ちょっとグロテスクな表現だったね。

 

確実に「私」とは別のものの正体。
何度も何度も生まれ変わってきたもの。
炎のゆらめき。
決して熱いだけではないもの。