夜のしじまに。

ひととひと

占い師と客の流儀

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私は占いが好きでよく行く。
動機はその時々で違うけれど基本的には「自分の胸のうちを誰かに話したい」というときだ。

 

知人や友人、家族には話せない「漠然とした不安」。今起こっている現実問題。
占いに行く行かない関わらず、人なら誰しも持っているこの闇の部分をとにかく誰かに聞いて欲しかったり、解決策が欲しかったり、何かヒントが欲しいという目的で、結構深刻な顔して占い師に頼る方も多くいる。それこそ「藁にもすがる思いで」の人も沢山いる。

 

けれどここで私が思う。
占いにも流派や方法(法則)があるように、占われる側にも流儀や法則があるのではないか。占い師に必要なのは豊富な経験と臨機応変さと絶対的知識ならば、占われる側に必要なのはそれらを受け止めるだけの己の精神力とマナーだ。

 

よくネットの口コミなどで「当たった・当たらない」論争から始まり、あの占い師はどうだったこうだったと悪口が書かれている。私はそれ自体が不思議でならないのだけれど、やっぱり占われた側には基本的に「こんなにも高いお金を払ったんだから」という気持ちがベースにある。

 

お金払ってまで説教を聞きたくない。
外されたくない。
当たるからプロの占い師なんでしょう?
お金払ったのになぜ怒られなきゃいけないのか。
すごく的外れ。がっかり。

こういうことを書く人の心理には基本的に「お客様」心理がある。
お金を払ったんだからスッキリするなり気持ちよくなって終わりたいと思うのがお客様心理だ。

そして占い師側もお金をとっている以上「客商売」だ。
だから術法に限らず、客が「求めているだろう言葉」をあらかじめ予測して気持ちよくさせるために、リップサービスする場合もあるだろう。

 

こういう占い師が近頃多いと感じるのならば客側がそうさせているし、
占い師が知識習得や真理の追求をやめ、目の前のお金ばかりに目をやるから占い師としてうすっぺらい仕事内容になり客の不安をさらに煽るのではないか。

 

占いを受けるのはいつだって「自己責任」だと私は思う。
だからこそ責任を負えないような心理状態・経済状態のときには行くべきではないし、まして自分でもよくわからないことがそもそも他人がわかるはずはない、ということをみなさん忘れてはいませんか?

 

それが特別な力を持っている人ならわかるはず…というのは、占われる側が占い師に対して夢を持っているだけです。

占い師さんには特別な力などはなく、あるのは弛まぬ努力と真理の追究のみ。
それが普通の人間の数倍強くあって、時に神秘的な力を発揮する、というだけなんです。

 

占われる側も占いの事をよく勉強してから行って欲しいし、
占い師も目の前の小銭を稼ぐことより、真に発するべき言葉の選択をもう少し考えて欲しいと思います。

 

私の願いはこの「占い」という文化が絶えることなく、やっぱり人類を次のステージへ導いてくれる一つの手引書として存在していてほしい。それなんです。